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黒い瞳のOasis


 そこそこ忙しい日々を過ごしている。そんな中でふと訪れた空き時間、こういった時家にじっとしている時もあるが、この日はそういった気分ではなく、どこへ行こうかと思案するが良い場所が思い浮かばず仕方なくセフンはジムに向かった。そんな気持ちで行ったからか、そこそこ体を動かすと満足し、ほぼとんぼ返りに部屋に戻った。とはいえ、時刻は日付が変わる少し前だった。
 そんな時刻に戻った玄関で入ってすぐ、そこに見覚えのある靴を見つけた時にまさかという思いが沸いた。そうまさにまさかだ。まさかいるとは思わなかった。だから少し逸る心を落ち着けるように、わざと足音を忍ばせゆっくり自室へ進み、そっと扉を開く。中を覗きこめばベッドがこんもりと盛り上がっていた。そのピクリともしない盛り上がりに近づき、その中身を確認する。間違いなくそこで丸まるように眠っていたのはベッキョンだった。
 ただでさえ忙しいグループ活動と並行して、事務所あげて既にデビューしているグループのメンバーがピックアップされ編成されたスーパーユニットのメンバーに選ばれたベッキョンは、そちらの活動もこなしていて、寝る暇さえないほどの忙しさなのはわかっていた。だから敢えて連絡もしなかった。2人でいる時間が取れないのは常のことだし、それをああだこうだと騒ぐほど、もう子供でもないし、それだけの付き合いでもない。しかしやはりこうして会いに来てくれるのは嬉しい。例え眠ってしまっていたとしても、ああやっぱりまだ自分は恋人として認められているんだと思えるから。
「…ヒョン…お疲れ様…」
ベッドの下に座り込み、上掛けの端から見える顔半分だけを見つめながらセフンは小さく囁く。マンネの特権よろしく、揺り動かし起こしてもいいのだが、恋人として2人きりでいる時はそんなことはしない。こうしてベッドで眠れることは自分たちにとっては貴重だ。特に今のベッキョンにとっては、それは顕著だろう。
だけど本当は話したいことはいっぱいある。そうでなくても、あの少しハスキーで耳に心地いい声をただ聞きたいとも思う。けれどこうして規則正しい寝息だけでも心満たされていくようなのだから、自分にとってこの人の存在はどれだけなのかとも思える。
 そんなことを思いながらベッキョンの額にかかる前髪をそっと掻き分け、そこに隠れていた閉じた瞼の下にそっと指を添わす。
「…また痩せたかな…」
そのさらに下にある頬に、今は殆ど余計な肉はない。きっと大好きなピザもここ暫く口にしてはいないだろう。スーパーユニットのメンバーと一緒に食事をしに行っても周りに気を遣わせないくらいには箸をつけるだろうが、満足するまでは食べていないはず。努力だけが生きる道、なんていう座右の銘に忠実に生き過ぎている気がする。
「どちらかといえば、ぷくぷくほっぺのヒョンの方が好きなんだけど…」
眠っているのをいいことにセフンはそんなことを言ってみる。けれどそれだって本当は、痩せていようが太っていようがなんだって、どうだっていい。この人がこの人でいるならば、そうとも思っている。だからセフンはふふ、っと小さく笑うとベッドの際に両手を重ね、そこに自分の頬を乗せ、間近にあるベッキョンの寝顔をただ見つめた。それだけでとても幸せな気持ちだった。そしてまたベッキョンも幸せな気持ちで眠ってくれればと思った。

 しかしこういった職業を生業としている者の性なのだろうか、ベッキョンの体がもぞもぞと動きだし、瞼もぴくぴくとしだすとそこがゆっくりと上がる。そして何度かの瞬きのあと、その中の黒目がセフンを捉えた。
「…今、何時…」
上掛けの中から伸びた指先で瞼をなぞりながらベッキョンの少し掠れた声がそう聞いた。
「もう少しで1時」
「…今帰り?」
「ううん、帰って来たの1時間くらい前かな」
寝起きのどことなく甘えたような口調の会話の中、なんどか瞼の上を揉むようにしていたベッキョンの指先の動きが止まり、ぱっとその奥の黒目が飛び出した。
「帰って来たら起こせよ」
「疲れてるのかと思って、気持ちよさそうに寝てたから」
「1時間もなにしてたんだよ」
「ずっとヒョンの寝顔見てた」
「……」
先ほどまでの甘えたような口調はどこへやら、僅かに非難めいたそれに変わっていた口が今度は噤まれた。そして暫くの沈黙に支配されセフンはどうしたものかと思う。久しぶりの2人だけの時間なのに不要な喧嘩はしたくない。だから謝ってしまえば簡単なのだが、それもまたなにかが違うような気がする。けれど、と思い口を開こうとした時だった。
「ゆっくり寝たかったらここに来ない。部屋で寝る」
細く綺麗な指先で目元を覆っていたベッキョンが、手をそこに置いたまま話し出した。セフンは小さく「うん」とだけ言って、そのまま次の言葉を待った。
「確かに疲れてるし、ゆっくり寝てぇとも思う。だけど、さ」
そう一度言葉を切ったベッキョンの指先がセフンの指先を掴む。その掴まれた指先にベッキョンの隠しきれない本心が流れ込んでくるのがわかる。それを汲み取ってあげるべきか、それとも敢えて言葉にさせようか、セフンは少しだけ思案する。
 しかしベッキョンは既に自ら後者を選んでいた。もう心に留めておけないほどぎりぎりなのだ。限界なのだ。きっと。だからセフンはただベッキョンの言葉を待った。
「たくさんのファンがいて、応援してくれて、それでEXOでもソロでも新しいユニットでも活動できるってわかってる。ファンあっての俺たちだって、嫌ってほどわかってる。だけどただのビョン・ベッキョンでいたい時もある。ただのビョン・ベッキョンを好きだって言って貰いたい」
ああもう、とセフンは思う。半分泣き声のような弱々しい声で訴えるようにそう言ったベッキョンをセフンはそっと抱きしめた。
「ベッキョナ、大好き」
もっと他に気の利いた言葉を掛けるべきかとも思うが、気の利いた言葉が出ないのもまた自分なのだとセフンは思う。そしてきっとベッキョンもまた、そんな自分を求めているのだろうなとも思う。
「ベッキョナ、セックスしよう」
だからこういうことだって簡単に言える。さすがにここまでベッキョンに言わせたくはなかったから。それにこれはセフンの本心でもある。
「お前、さすがにストレートすぎ」
けれど笑ってこう言ってくれるなら、いくらだってベッキョンが欲しい言葉を言えるとセフンは思う。
「恋人の特権でしょう」
そしていつでもいつまでも逃げ込むなら自分のところへ来てほしいと願うし、そういう場所でいたいと思う。セフンはそう思いながら
「確かに」と笑うベッキョンに近づいていった。目の前のベッキョンもまた、もう言葉を発することはなく、黒い瞳は瞼に隠れた。




~終わり~


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