おいつきたくて=3(ベッキョン)


ただ当てもなく歩いているだけかと思っていたが、実はチャニョルには目的地があったようだ。
優しく繋がれた手の先で「疲れた?もう少しだから」と言われて、それに初めて気づいた。
そして着いた先はあまり新しくはないマンションで、チャニョルはポケットから出した鍵で、そこの玄関扉を開いた。
「作曲したりする時に使う部屋で、仲間何人かと借りてるんだ。」と言いながら、ベッキョンを招き入れてくれた。
中に入ると普通のマンションと変わりないようだったが、二部屋あるうちの一つの扉が、見るからに少し変わっていた。
「ここさ、音大の近くなの。だからここは防音室。」
そう説明しながら少し重めの扉を開き、チャニョルは「どうぞ」と言った。ベッキョンは玄関を入った時も言ったが、ここでも「お邪魔します」と言って、その扉を潜った。するとすぐにチャニョルが「飲み物持ってくるね」と言って、一度そこから出て行った。
取り残された形になったベッキョンだが、そこは物怖じすることもなく部屋の中へと進んでいく。多分、グランドピアノが置けるようにと作られた部屋だろうということが分かる広さのそこには、パソコンやたくさんの見慣れない機器があり、ベッキョンはきょろきょろと見回した。
「本当にミュージシャン目指してるんだ…。」
部屋の片隅に立てかけてあるギターやベース。そしてたくさんの機器の中にあるキーボード。それらを目にして、ベッキョンは思わず呟いた。そういえばチャニョルからは直接聞いたことはなかったが、アルバイト先の女の子たちがそう言っていたのを思い出したのだ。そしてつい、目の前のキーボードに指を置いてしまった。この白と黒の羅列には、どうしたって親しみがあり、そこにあれば触りたくなってしまうのだ。
「もしかしてベッキョナ、弾ける?」
しかしいつの間にか戻って来ていたチャニョルにそう聞かれ、ベッキョンは少しだけ驚いて指を離した。
「ああ、うん。中学卒業するまで習ってたし、今でもたまに先生のところ行って弾いてる。ピアノは結構好きなんだ。」
そしてチャニョルに振り向き答えた。
「やっぱり!ベッキョナの指、ピアノ弾けそうな綺麗な指だなって思ってたんだ。」
なんだか自分の知らないところで指先を見られていたということが、凄く恥ずかしかった。しかもさらりとその指を褒められもして、余計に恥ずかしく、ベッキョンは再びキーボードに視線を戻した。
「ねぇ、ベッキョナはクラッシックでしょう?何か弾いてよ。俺は親父がジャズのピアノマンだったからクラッシックはぜんぜんなの。だから…」
しかしそんなベッキョンにお構いなしに、チャニョルはベッキョンの隣に来ると、おやつをねだる子供のように声をあげた。
タオと付き合っていた時、タオに体の一部でも性格のことでも、とにかく何かを褒められたことなどなかったように思う。それにねだられたことといえばセックスだけだったような気も。
さらに今になり思えば自分も多分、タオと会う目的は一緒にいることというよりも、セックスだった気がする。
だからやっぱりなんだかこういう付き合い方は慣れない、とベッキョンは思う。知らないところで自分のことを見られ、優しく甘やかされて褒められて。そして少しづつ自分のことを知られ、相手のことも知っていく。「ふ~ん、お父さん、ジャズのピアノマンなんだと」と思いながら、でもけして嫌なわけじゃないと思う。ただ慣れていない、というだけなのだと思う。
タオの父親が何かの会社の社長であることは、タオの話から知った訳じゃない。タオの家に行った時、家政婦が「社長が」と話しているのを耳にしたから知っただけだ。それに勿論、タオから「ベッキョンのお父さんってなにしてる人?」と聞かれたこともない。そんなことは自分たちには必要なかったからだ。
でも今は知りたいと思う。チャニョルのことなら何でも。食べ物は何が好きか、何色が好きか、どんなところに行ってみたいか、自分のどこを好きになってくれたのか。
けれど今は、まずこれを聞こう、とベッキョンは口を開いた。
「リクエスト、ある?」
キーボード前に椅子を並べ始めたチャニョルにそう聞くと、チャニョルはベッキョンを仰ぎ見て答えた。
「ベートーベン!」
なんだかあまりにベタな作曲家の名前が出て、ベッキョンは笑い出すのを堪えて言った。でもひとつチャニョルのことを知れた。そう思いながら、ベッキョンは椅子に座ると言った。
「あとでヒョンも弾いてよ。俺もジャズはぜんぜんだから。」
ぴったりと並べられた椅子に座りながら、チャニョルは「OK」と笑って言った。
いろいろな感情に押しつぶされそうなほど心がぐちゃぐちゃになっていたことが嘘のようだった。あの時、逃げ出さないで良かったと思う。チャニョルに手首を掴まれて良かったと。そしてきっとこれからも同じようなことが何度となく自分の心に起こるだろうとも思う。
その度に逃げ出したくなるだろうとも。でもやはりその度にチャニョルは「逃げるな」とどこかしらを掴んでくれるのではないかと思う。それこそ手首か心かどこかを。
そんなことを思いながら、さて、何を弾こうかな、とベッキョンは暗譜してある曲を頭の奥から引っ張り出すのだった。




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