【2017a-nation記念短編】Drop that(シウミン・チェン)


「お前わざとだろう」
車の助手席に座るジョンデをちらりと横目で見て、少しからかうような口調で言った。
それに「あっ、ばれてた?」と、これまたジョンデも軽く答える。俺は右折の為にウィンカーを出した。カチカチという規則正しい音が響く中、俺は再び口を開く。
「ジョンイナ、泣きそうな顔してたぞ。」
右折が完了し再びアクセルペダルに力を込めた俺に、ジョンデは「知ってる」と小さく答えた。しかしスピードが増す車中に、その後会話は続かなかった。

この日はカムバ期には珍しい半日のオフが与えられた日だった。
いつもなら宿舎の部屋でのんびりと過ごすのだが、ジョンデに買い物に行こうと誘われた。その時、ちょうどジョンデの背中の向こう側にジョンインがいた。きっとどこかに行こうとジョンデを誘いに来たのだと思う。2人はジョンデ曰く「まだ」付き合ってはいないが、気持ちが互いを向いていることは、なんとなく雰囲気で分かっていた。
だからそのジョンデからの誘いを俺は断ろうと思った。可愛い弟の1人であるジョンインの前でなど、そんなこと絶対にできないと思った。しかしジョンデに「ヒョンお勧めのコーヒー豆教えてよ」と言われたら、断ることができなかった。ただの買い物なら「ジョンイナと行けよ」と言えたが、俺ご指名ときたら、無碍に断ることができなくなった。
その時の肩を落としながら踵を返し、とぼとぼと去って行くジョンインの背中を思い出すと、俺は自分がとても悪い兄に思えた。
「俺さ、人に冷たくできないんだよね。」
右折した後、一度左折した車の窓の外を流れていくソウルの街を見つめながらジョンデは口を開いた。今度は俺が「知ってる」と小さく答えた。

このチェンという芸名とキム・ジョンデという本名を持つ男は、そのどちらの時にでも変わらず誰に対しても優しい。メンバーは勿論のこと、名前も知らないようなスタッフにもファンにも、誰に対してもとても優しい。そういった意味ではチャニョルも似たような性質を持つが、この2人には大きな違いがある。それはその相手の反応によってである。もし相手が嫌な態度を出し、それに不快感を感じると、チャニョルはあからさまにそれが顔に出てしまう。けれどジョンデは、そんな時でも柔和な笑顔を絶やさない。「なんか機嫌悪かったのかな」とか「俺が悪かったみたい」と言って笑う。それがジョンデという男であり、そして良いところでもあり悪いところでもある。
これまでのジョンデとの付き合いの中で、彼が何人か恋人を作ったのを俺は知っている。そのうちの1人とも会ったことがある。どちらかといえば大人しそうで、あまりはしゃいだ感じはしない女の子だった。こんな子ならうまく付き合って行けそうだな、と思ったが、それが長く続くことはなかった。こういった職業に就いていれば仕方がないとも思う部分もあるが、これだけ優しい男の何がいけないんだろうと首を傾げたくなる。まぁ、恋愛とは一筋縄ではいかないということも、今ではなんとなく分かるのだが。

そんな男がジョンインには少し冷たい態度を取る。今はやりのツンデレか?と思ったりもしたが、そんな簡単なことではないらしい。
「これまで付き合ってきた彼女にもさ、とことん優しくしたんだよ。俺がこんな仕事だから、友だちと旅行に行くって言っても、男友だちと飲みに行くって言っても、嫌な顔もしなかったし、行っちゃダメとも言わなかったし…」
きっとジョンデはそうだろうな、と思う。本当に何の裏もなく、ただ純粋に好きな子には楽しんでいて欲しい、そういう気持ちだったのだろうということが俺にはわかる。
「だけどさ、『本当に私のこと好きなの?』って『行くな、って止めて欲しかった』って…」
しかしこう言う彼女たちの気持ちも、なんとなくわかる。きっと不安だったのだろう。ただただ優しくされるということと無関心は、少し似ているところがあるからだ。
「ヒョンも、そう言われたことあるでしょう?」
それまでずっと窓の外を見ながら話していたジョンデが、急に俺を向いて悪戯っ子のように聞いてくる。さすがに運転中の俺はジョンデを向けなかったが、今ジョンデが口角を上げ目を細めているのがわかる。なんと答えればいいかわからず、口ごもっているとジョンデがすぐに言葉を繰り出した。
「セフンに」
その一言にゆっくりと掛けていたはずのブレーキペダルに乗る脚に、思わず力がこもった。

ただただ可愛い弟だった。
ちょうど事務所への入所が同じ頃で、レッスンのクラスが一緒になることも多かった。
今でこそ有名なジュンミョンとの初対面の場面には、俺も少し離れたところで居合わせていた。
少し怯えたような泣きそうな表情で立ち尽くす少年に声を掛けたのは俺だった。
「気にするなよ。あれもきっと君を思ってのことだから。」
まだ俺より背も低く、本当にあどけない少年だった。そんな少年に目線を合わせ、頭をポンポンと軽く叩き慰めた。薄い唇を真一文字に結び、少年は俺のその言葉に小さく首を縦にした。

それからすぐにオ・セフンという名の4歳年下の中学生だと知った。人見知りということはすぐにわかった。俺もそうだったからだ。しかしセフンは俺を見つけるとぱっと顔を明るくして近づいてきた。
「ヒョン、この前はありがとうございました。」
そう言ってぺこりと頭を下げたセフンは、その顔を上げるとふにゃふにゃの笑顔を浮かべた。単純に可愛いなと思った。妹しかいなかった俺に弟ができたような感じだった。互いに地下鉄で通っていた為、レッスン終わりに一緒に駅まで帰るようになった。その途中、トッポギやホットックを買い食いしたりして。4歳の年の差があったが、練習生という立場は同じで、悩んだり夢を語ったり、セフンがいることで助けられている部分もあった。
けれどセフンにはセフンの、俺には俺の、それぞれの交流も広がっていた。
セフンはより年齢の近いジョンインやチャニョルと、俺もやはり年齢が近い練習生と一緒にいることが多くなった。
少しの寂しさはあったがジョンインやチャニョルと楽しそうなセフンの顔を見れば、俺も自然と笑顔になった。

どうやら新しいグループをデビューさせるらしい、という話しが事務所内で上がると、セフンが真っ先に俺の元へとやって来た。
「ヒョン、一緒にデビューできたらいいね。」
そう言って笑う顔はあの頃と何も変わらなかったのに、この時にはセフンと俺の視線はほぼ同じ、もしくは僅かにセフンの方が上だった。少しばかり見上げる形になってしまったことが、とても寂しく、そして何故か胸の鼓動を高めた。
おかしいと思った。再開した共にする駅までの道のりで、俺は何度もそう思った。会うたびに高くなっていくセフンの肩と目線。それに比例するように俺の心臓を叩く鼓動も高くなる。
しかし認めざるを得なかった。その鼓動の高鳴りの正体を。けれど認めたところで愕然とするしかなかった。同性なのだ。同じ夢を追っているアイドル練習生なのだ。自分の恋心を知られたら、それこそ一緒になどデビューできない。
だから俺は距離を取った。だがそれが却ってきっかけとなり、その後セフンから告白されて恋人同士になるも、交際1年にも満たず別れることになった。

ただただ可愛い弟は、ただただ可愛い恋人だった。
優しくしたかった。2人だけで一緒にいれる時間がとても少なかったから、その時に喧嘩をしたくなかった。
何もかもを許し、理解のある恋人でいたかった。けれどそれは俺の勝手な思いに過ぎなかった。
友だちと遊びに行くと言っても、女の子を交えて行くと言っても、俺は何も言わなかった。笑顔すら浮かべて『行って来いよ』と送り出した。それがセフンに試されていることだということも気づかずに、俺はただ笑顔でセフンを送り出した。
『ヒョンは本当に俺のこと好きなの?』
『同情で付き合ってくれてるんじゃないの?』
『ヒョンのは優しさじゃないよ、無関心だよ』
それが別れの言葉だった。そしてその時からすでに数年が経つ。

「ヒョンの気持ち、よく分かるんだよね。」
目的地はあったのだが俺はそこを通り越し、ソウルの街をただハンドルを握り走り回っていた。
こんな話し誰にも聞かせられないし、今はジョンデの話しを聞いていてやりたかった。
「多分ジョンインと付き合っても、俺もこれまでと同じようにしか付き合えない。ただただ優しくしかできないと思う。」
そうだろうな、と思って俺は小さく首を縦にした。その時ジョンデは笑いながら「だってジョンイナ、ちょう可愛いし」とも言った。
「だから付き合いたくない。まったくの他人なら別れてお終いだけど、ジョンインとはずっとメンバーでいたいから。」
しかしその後に続いた言葉に笑いは乗っておらず、しかも俺にとっては少し耳の痛い話で、思わず小さな溜息が出てしまった。そんな俺に、ジョンデは小さく「ごめん」と言った。

まだ明確にKとM、韓国と中国に分かれての活動期、物理的な距離もあったことからセフンの行動を縛るようなことは一切言わなかった。寂しいとか会いたいとか、そういった弱音も吐かなかった。
だからこそ韓国に戻り顔を合わせた時は喧嘩などしたくなかった。2人でいる時間を大切にしたかった。しかし待っていたのはセフンからの別れの言葉だった。
もう何年も前のことなのに、今でも心が少し痛い。そんなことを言われた自分の心が痛いというよりも、そんなことを言わせてしまったことがとても辛かった。きっとセフンはそれまでに、とても心を痛め辛かったと思うから。
「お前は俺とは違う。こうしてジョンインのことを考えているんだから大丈夫だと思うけど。それにお前たち、いい大人じゃん。俺の時とはやっぱり違うよ。会おうと思えば会えるし、仕事のこともお互い理解してるんだから、変な遠慮もすることないし。まぁ、付き合えよ、って軽くは言えないけど、答えを焦る必要もないんじゃない。」
俺はまるで自分に言い聞かせるように言っていた。もしあの頃じゃなく今だったら。十代のセフンと二十歳そこそこの自分じゃなかったら。優しさと遠慮は違うということを知っていたら。
そんな考えがジョンデに伝わってしまったのだろう、ジョンデは笑いながら言った。
「その言葉、そっくりそのままヒョンに返すよ。」
そのジョンデの言葉に俺はもうそろそろいいかなと、停まる予定だった駐車場を思わず通り過ぎてしまった。そしてさらにジョンデは言葉を続ける。まるで攻守逆転とで言うように。俺の気持ちを俺自身に確認させるように。
「ヒョン、今でもセフンが好きでしょう?」
そう俺は今でもセフンが好きだ。きっと嫌いになんてなれない。嫌いになれるような要素をセフンは何一つ持っていないのだから。
しかし俺は何も答えられなかった。たった一言の「うん」という言葉を口にしてしまったら、あの時止めたはずの気持ちが再び動き始めてしまいそうで怖かったのだ。

結局ジョンデからの問いかけに応えられないまま、俺たちの恋バナは車の中に霧散した。
約束通りコーヒー豆を買うと、ジョンデが「留守番のベッキョンに何かお土産を買って帰ろう」と言った。
俺たちはハンバーガーとドーナツをメンバーみなの分を買って、宿舎へ帰る為の車に乗り込んだ。
しかし俺は再び車を降りるとジョンデに言った。
「バブルティー買ってくる。少しだけ待ってて。」
突然の俺の行動に少し驚いていたジョンデは、その言葉を聞いて八の字眉をさらに下げ笑った。
「俺も行く!チキン!買って帰る!」
俺たちは可愛い弟たちの為に再び街に出た。



~終わり~



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