EXOTICA:白の洞窟 「identity crisis・3」
2017.09.28 09:00|EXO企画|
このお話はこちらから始まっております→睡魔夢子様のブログ 「EXOTICA」:入口
企画参加の書き手様方のお話(本日公開分)
・EXOTICA:黄の洞窟「闇を駆ける罪 3」 フェリシティ檸檬様
・EXOTICA:赤の洞窟「They Never Know 3」 haruyuki2様
・EXOTICA:青の洞窟「「cruel spiral arousal≪2≫」 βカロテン様
タイトルをクリックするとお話に飛べますので、是非ご覧ください。
やはり耐えられないかもしれない。
これは何かの苦行なのか、とセフンは思う。
それとも自分は前世で悪行を繰り返し、それの因果応報なのか、と。
ピンク色の部屋のピンク色のベッドの中で、可愛らしいピンク色のパジャマを着たキョンがセフンの隣で眠っている。
セフンの中での現代の韓国家庭料理が完璧な形で並ぶ夕飯を2人で食べた。おかずを取り分けてくれたり、少なくなったコップの水を継ぎ足してくれたりと、キョンはかいがいしく世話を焼いてくれた。そのあと、勧められるままに風呂に入っていれば、背中を流すと言ってキョンがバスルームに乱入してきた(服は着たままだったが)。何度断っても聞き入れては貰えず、有無を言わさず体を洗われた。何故かまじまじと体を見てくるキョンに恥ずかしいやらなんやらで、こんなに疲れた入浴は初めてだった。本当にこれが『ヤンゴ』とキョンの日常なのか?と訝しむ思いもあったが、それについての追及は勿論できはしない。
そもそもこの世界に来てしまった時点でセフンの頭の中はキャパオーバーだったのだ。いろいろな場面での齟齬も何も深くは考えられなかった。そんなことも相まって、ここに来てのこの一連の流れに、セフンはほとほと疲れ切っていた。
どこを見回してもピンク色の部屋もその思考の邪魔をする。ここは落ち着かないと思いながらも、もうそんなことはどうでもよかったのかもしれない。
まずは帰れる手立てを考えなければいけない。そう思いながら手にしたスマホは、やはり<圏外>の文字が消えない。それに大きく溜息を吐きながら、スマホをベッド脇のサイドボードへ置いた。
もう眠ってしまおう、何も考えずに眠ってしまおう、そうすれば煩悩も欲望も、共に息を潜めるだろうと、ベッドに潜り込み目を瞑った時だった。
「後片付け終わりました。」
そう言って小さな子猫が散りばめられた淡いピンク色のパジャマを着たキョンが、ピンク色の部屋に現れたのだ。
さっきまできちんと結わえられていた髷は解かれ、いわゆるポニーテールのように緩く結び直されていた。その馬の尻尾は、思ったよりも長くはなく、それこそミンソクが『キョン』という役を演じていた頃のようだった。
しかも風呂上りらしく、ほんのりと頬がピンク色に上気している。そして唇もつやつやでプルンプルンだ。
―――オーマイガッ!
ミンソクがこのようなパジャマを着て寝ることはないが、やはりその顔は似ている、似すぎている、とセフンは思う。その似すぎている顔のせいで、別人だと分かっていても理性が揺れる。
しかも当たり前のようにベッドの中で仰向けたセフンの隣に潜り込んできて、にこりと微笑むものだから、たまったものではない。
「明日は何をしましょうか?」
セフンを見上げてくるキョンが聞く。大きなアーモンド形の瞳とすっと通った鼻筋、そして厚めの唇が絶妙に配置された整った顔。セフンはこの顔がとても好きだ、と思う。ミンソクとは別人だということは、何度も思ったし、わかってもいる。
しかし元の世界では自分たちの関係は秘密だったこともあり、周りの目を気にしながら2人きりにならないといけなかった。けれど今は、別人だとわかってはいるが、人の目を気にすることも、誰に邪魔されることもない。セフンの心に邪な感情が入り込むのは致し方ない。
―――ここでのことは誰にも言わなければいい。行方不明だった間のことは忘れたと言えばいい。
―――そうだ、そうすればいい。それにもしかしたら元の世界に戻ることはできないかもしれないんだし。
―――これはチャンスだ!思う存分…
そう思いながら、セフンはごくりと唾を飲み込んだ。罪悪感やら高揚感、いろいろと綯交ぜになった感情を一緒に飲み込むように。
そして意を決し、隣にいるキョンに手を伸ばしたのだが。プルプルの唇を少しだけ開き、そこから漏れる規則正しい寝息。黒曜石のような瞳は、もう既に瞼に隠されていた。
「…寝てる…」
チーン、がっくり、という絵文字がセフンの頭の中に突如現れた電光掲示板に流れていく。
もう既に体は臨戦態勢に傾き始めていた。セフンはキョンの体の上で空を切った掌を握り込み、眉間に皺を作った。
できた拳を口元へと持って行き、セフンは小さく「くっー」という声を上げると、そのまま体を反転させキョンに背を向けた。
とてもじゃないがキョンの方など向けなかった。いくら別人と分かっていても、ミンソクと同じ顔が隣で眠っていると思うだけで眠れそうになかった。
やはりこれは苦行以外の何ものでもない、と思いながら、セフンは羊を数え始めた。
いったい脳内で何匹の羊を放牧すればいいのだろうか。
既に一千近くの羊を数えたところで、そんなことを思う。
後片付けを終えたキョンが来るまでは、少しばかり睡魔が近づいているような気配があったが、今はそれはどこにもない。それにこの部屋に来てすぐに少しの睡眠をとってしまったのもいけなかったのかもしれない。もう数年アイドル稼業をしてきたおかげで、数時間の睡眠でもそこそこ満足できる体になっている。そこにきて夜型の生活サイクルに慣れてしまっているので、今はまるで眠気が襲ってこない。しかも背中に感じるキョンの寝息が、さらにそれを助長する。
それでもセフンはぎゅっと目を瞑り、もう一度羊を数え始めた。二周目の八百近くで、漸くセフンは眠りに落ちた。外はもうすぐそこにまで朝が近づいているようだった。
どのくらい眠ったのか、ふっと目が覚めた。
すると目の前にミンソクの寝顔があった。
なんだかそれが妙に嬉しくてセフンは一人ニヤニヤしながら、ミンソクに手を伸ばした。
首元に腕を差し入れ腕枕にすると、そっとミンソクの体を抱きしめた。
「…ヤンゴ…さま…」
しかしまだ完全には覚醒していなかったセフンの耳に届いた声は、セフンではない人間の名前を呼んだ。そしてその名前を聞き、セフンの意識は完全に覚醒し、ぱちりとその目を開いた。
―――そうだ!ミンソギヒョンじゃないんだった!
差し入れたばかりの自分の腕を、セフンはそっと引いた。別人とわかっていても、この状態はかなり危険だ、と思う。眠る前に入り込んだ邪な心は、もう覚えてはいない夢の中に半分ほどは置いてこれたようだった。
だからセフンは目を瞑りダメだダメだと小さく首を振りながら、またもやキョンに背を向けようとしたのだが、そっと開いた瞼の先でキョンがセフンを見つめていた。
―――ああ!だから!その顔で見つめないで!
邪な心はまったくの無心になったわけではない。そんなセフンの心の内の葛藤を知らないキョンはにこりと可愛く笑うと、セフンにしがみつくように、そっと抱きついてくる。
ああもう、どうなってもいいかも、とセフンは諦めそうになる。このままぎゅっと抱きしめてしまおうか。元の世界に戻ることも、オ・セフンという自分も。何も知らない何もわからない『ヤンゴ』という人間に成り代わってしまおうか。心の中で天使と悪魔ならぬ、セフンと『ヤンゴ』のせめぎ合いのようなものが始まる。
「おはようございます、ヤンゴ様。今日は何をしますか?」
しかもこの従順そうな物言いが、どことなくセフンの男心をくすぐる。ミンソクは絶対にこんな言い方はしない。セフンの様子を窺うことはしてくれても、そこには年上だからという思いが強くあるように感じる。それが良いとか悪いとか、そういったことではないのだが、セフンの男の部分を刺激して来るのだ。
だから思わずキョンの体に腕が回りそうになる。
―――でもダメだって!
しかしその手をぎゅっと握り締め、セフンは心の中で自分を叱咤する。ミンソクに従順になってほしいわけじゃない。今のままのミンソクを好きになったのだ。
セフンは再び目を瞑り、心の中でダメだダメだと繰り返し首を小さく振った。
そうだ、こうしてベッドに2人で寝ているからおかしな思いに捉われるんだ、とセフンはベッドから勢いよく起き上がった。
「今日もグローバルランド?行こうよ」
やはり元の世界に戻りたい。その思いを強く持っていなければいけない気がした。何事においても。
まずそれには原点に戻ってみるのがいいのではないかと単純に思った。だからそう言ったのだが、キョンは少し考えたような顔をして、すぐににこりと笑い答えた。
「ヤンゴ様寝ぼけているんですか?今日は上空交通規制日ですよ。うちの車は一般車ですので出掛けられません。」
一般車の他に何があるのだろう、とセフンは思ったが、その疑問は口にはできない。自分は今、この世界のことを知っているであろう『ヤンゴ』なのだから。しかしそうは思うも、セフンの頭にはてなが浮かぶ。自分は『ヤンゴ』のはずだが、どうしてキョンは、何も知らない人間に説明するように話すのか。
しかしそれを含めたすべてのことを聞くことはできない。『ヤンゴ』ではないということがばれてしまいそうで、できない。
「ああ、そうだった。じゃあ、どうしようかな…」
しかもこの世界の常識がわからない。だから下手なことも言えない。とにかく『ヤンゴ』ではないということがばれないようにしないといけない。今キョンにここを追い出されてしまったら路頭に迷ってしまうし、元の世界へ戻る術もなにもなくなってしまいそうだからだ。セフンは必死にならざるを得なかった。今は『ヤンゴ』でいるしかないと思った。
「とりあえず、朝ごはん、食べようかな…」
この世界のことなど何もわからない。そんな自分が何をしたいかなどわかるはずもない。セフンは苦し紛れにそう言うしかなかったが、やはりまた空腹は感じることができなかった。
~続く~
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